生活費1000円で羊羹が買いたくても買えなかったOL時代

はじめまして、東京に在住の専業主婦です。

私は、大学を卒業して、某スーパーマーケットに入社しました。

特にスーパーに入りたかったわけでもなく、伊丹映画の「スーパーの女」に影響を受けたわけでもないのですが、以前友達が私の家に来たときに持ってきてくれたこのスーパーのチョコレート(貝殻の形をした?ーモンドがすりこまれたチョコレート)がとてもおいしく印象的でした。

新宿住友ビルの就職セミナーブースを回っていたら、たまたまその会社があったので、受けてみたら、筆記試験とそっけない面接で意外なほどこの会社だけすんなり受かりました。

自堕落な大学生ライフを送っていましたし、ほかの会社は全部落とされちゃったしで、面倒くさくなってしまい、途中でまぁ、ここでもいっかと「チョコレート」のことしか知らないけど入社することにしました。

それでも、あんなに適当に安易に決めた割には、13 年という長い月日働きました。今思うと感慨深いものがありますね。

初任給は、だいたい手取で18万円くらいでした。お昼は、会社の食堂で天引きされて、残りの食?をだいたい一日 1000 円くらいですませていました。

ある時、羊羹を売り場に並べていたら、なんと一本1280円もするおいしそうな栗むし羊羹発見。

栗がまるごとぎっしり入っていて、実もふっくら、大きくて、表面だけでなく、横から見ると下まで栗で埋め尽くされていました。ちっちゃい頃読んだ、「ぐりとぐら」という童話にでてくるホットケーキのように、それはそれはおいしそうです。

それは、立川にある花奴という老舗の和菓子屋の栗むし羊羹でした。

1 日 1000 円で食?を済ませていた私は、1280 円もする栗むし羊羹を買うと 1 日の食?が吹っ飛んでしまうというジレンマに悩み、この栗むし羊羹買っちゃうと一日の予算超えちゃうしなぁといつも眺めてはまた元の位置に置いて帰っていました。けなげです。マッチ売りの少女みたい。

結局、来る日も来る日も眺めるだけで買わなかったんですが、毎日この 1280 円の栗ぎっしりの花奴の栗むし羊羹を買ってもぜんぜん痛くもかゆくもないようになりたいなぁ、あと毎月の収入が 10 万、20 万増えていって、こんな羊羹を毎日でも買える日が来ないかなぁ、一回こっきり買うだけじゃなく、いっつも気にせずこの栗むし羊羹を買えるようになりたいなぁ、と思うようになり、贅沢は先延ばしにして毎月お金を貯めるようになりました。



株の配当だけで1億円ある社長との出会い

私が働いていたスーパーの社長はたいそうな株好きで、株の配当収入だけで 1 億円くらいありました。日本株だけで 50 億円位もっていて、その他にも土地などとにかくいろいろ持っていました。

よく自分の家に従業員を呼んでは株の講座を開いたりしてくれました。
会社の会議室でも、仕事の後に「社長の株式講座」を趣味でしてくれました。

株好きの社長の影響で、ずいぶん株式投資をしている人が多い、めずらしい会社でした。

よく、社長に呼びとめられて、日本経済新聞を片手に、
「この会社いいよ。この会社はね、中国がマネできないようなすごい技術を持っていてね。絶対これから伸びるから、いま買いだよ。 あとね、この会社。これはね、燃料電池開発してるから、これからガソリンが上がったときにバカ売れするよ。」
なんてことをいろいろと親切にも教えてもらいました。

最初は、株式独特の専門用語がさっぱりわからなかったけど、会社の若い後輩の女の子が社長の進める株を買ったら、なんと 1000 万円儲かったと聞いた時、「これは、ちょっと本気で取り組んでみよう」と決意し、決算書やらチャートの本や投資関連の本をいろいろ買って勉強をはじめたのです。

その時は 2003 年頃で、時期もよく、資産がみるみるうちに、あぶくのように増えました。でも、そのまま株を買い続けると、バブルのように、あわあわと消えてなくなってしまうと思いました。

なので、その前になんとかこのあぶく銭を、何か永遠にお金を生み続けてくれるものにかえてしまわなくては、といろいろ考えました。

最初のうちは、今にして考えると結構ロクでもない金融商品を買って喜んでいました。

そしてそのうち、もっと安定していて、毎日毎日値動きを気にしなくて済むもので、もっといい投資対象はないものかと思いはじめました



永遠にお金を生み出してくれる本当の資産は何か?


思案をめぐらし、投資本やセミナーに出席してそこで辿り着いたのが不動産でした。

あぶく銭が、あわと消える前に永遠にお金を生みだし続ける「何か」

この「何か」をお金持ちはみんな知っている。

お金持ちみんなの暗黙知となっているのが不動産。お金持ちはみんなこの道を通っていく。不動産を手に入れて、不動産から入ってくる安定収入、つまり家賃収入を得ている。

「みんなこの道を通って本当のお金持ちになるというのが正解か・・・」

いろいろ本やセミナーで勉強するうちに、やっと私が辿り着いたのが「不動産」でした。

こうして私の不動産投資の幕は切って落とされました。

2005 年、最初は有料の不動産投資セミナーに参加したり、本を読んで勉強しました。その後、ファミリーの 60 ㎡のマンション 3 室とかパート1棟と自宅兼賃貸アパート 1 棟を購入してきました。

そうした数々の知識や経験を積んだ中で、得た知識をホームページを通してご紹介します。

最初は、あの有名な『金持ち父さん、貧乏父さん』(筑摩書房)の教えの通りに、
「自宅は負債だ。 なぜなら、私たちのポケットから、お金を 吸い取って行くからだ。 だから、自宅は資産ではなく負債だ」
と書いてあることをそのままちゃんと実践しました。

一方、同僚やら後輩は、次々とマンションや?付き一戸建てを購入してました。

お家に招かれて、素敵なインテリアに囲まれて、過ごすのを指をくわえて、涎を垂らしながら横目で見てました。

それでも、ちゃんと私は「金持ち父さん」の教え通り、マイホームは後回しにして、投資用不動産の勉強をし、セミナーに出席し、物件を見て回り、不動産屋をまわり、他人の住む家を一生懸命探して、買って、価値向上のためにキレイな壁紙をはったりして一生懸命人の家ばっかりきれいにリフォームしてました。

お金持ちにはなりたいけど、でも、やっぱり、人の家ばかりにお金をかけて、自分はといえば、賃貸の古い古い木造のアパートじゃあやっぱり少し一抹の寂しさを感じることがありました。

今時、「橋本荘」なんていう、築 30 年近い家賃 9 万円の部屋に住んでいました。

友達や、後輩が遊びに来るたびに、「なんで 2 人してけっこう稼いでるのに、こんなとこ住んでんの?共働きなんだから、もっといいとこに引っ越せばいいのに」
と結構いろんな人から言われました。

もっと嫌だったのは、銀行に行ったり、グッチや、バーニーズなんかでお買い物して、会員登録するために住所を記入するときに、アパート名に「橋本荘」と書くのは、ハッキリいって毎度のことながらちょっと躊躇しました。

それに、私の持ってる東京都にある区分所有のマンションの入居者が、自分より10歳以上も年下で、一人暮らしで、まだお給料も少ないにもかかわらず、60 ㎡の広さに住んでいて、私たち夫婦が住んでいる賃貸アパートの部屋よりずっと広いんです。

なんだかこれって、複雑で、微妙な気分になりました。

そう、このいつまでも複雑な、気持のままいてはいけない。
すっきりしたい、すっきりしたい。

自分の家ほしい。素敵なマ?ホームほしい。雑誌から抜け出たようなインテリアに囲まれて私も暮らしたい。

だけど、この先延々と 35 年も住宅ローンを払い続けて縛られるのはいや。
素敵なお家に住んで、なおかつ住宅ローンも払いたくない。

不動産投資をして知識や経験があるだけに、住宅ローンを自分で 35年も払うなんて、リスクも大きいしバカらしくてやってられません。

この大いなる負債を解消するよい手立てはないものか。そういえば、大学の時、私の住んでいたアパートの大家さんは上の階に住んでたなあ、と思い出しました。

それに片っ端から読んだ不動産投資関連の本の中に、そんなようなことも書いてあったなと思い、「これは実践するしかないね、やっぱりマイホームほしいし」と思うようになりました。その結果、住宅ローンを払わないで家を買う方法を実践することにしたんです。

「素敵なお家に住んで、なおかつ住宅ローンも払わないこと」

そんな都合がいいことできるの?
できます!

別に、なんかずるいことや、犯罪まがいのことや、良心が痛むことをする必要は一切ありません。

それでは、素敵なおうちに住んで、なおかつ住宅ローンも払わなくて済む方法をはじめましょう。

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